[game]
10/10 で「とうとう」ですか...。よーし来た。
[game]
資料を整理していたら、moon. (初期型) のデモ avi とか出てきたので、早速再生してみました。
痛み痛み痛み……。
うーん、今見てもはっきりカッコイイですね。
あと、昔つくろうとしたゲームの企画書が目にとまったので、お蔵出ししてみました。
http://www.languex.jp/flagyx/game/index.html
僕が一番好きなのは浅野(うそ)、松田かな。
« 2004年01月 | メイン | 2004年03月 »
<当地の自営業ジョン・ブレイク・キューザックさんと妻ジェイミーさんに息子が生まれたのは1月27日のこと。キューザックさんは念願の息子に、「ジョン・ブレイク・キューザック・2.0」と命名した。
注文していた ATOK17 が届いたので一通り移行作業をしました。これまでは 15 を使用していたんですが、やっぱりというか何というかそれほど「ここが変わったぜ!」みたいな実感はありません。
ジャストシステムのソフトの場合、だいたい年に一回はメジャーバージョンアップしているので、「しばらくバージョンあげてなかったし、そろそろ上げとこっかな」ぐらいの感じが正直なところです。
あ、でも連想変換はそれなりに便利なので、ネタに困ったときに便利かもしれないです(^^;
辞書セットで購入したのですが、こちらは思っていたより使い勝手がよくなく、どうしたものかな、という感じ。一つの単語、たとえば「軌道」を辞書で引いて、「機動」などほかの用語をどんどん同じ画面上で辿っていければおもしろいのですが、それができないんですよね。
なんというかいまいち、辞書を引くおもしろさみたいなのがなくて、それだったら DDWin 起動しちゃうぜー、みたいな感じです。
IME は DOS の頃から WX シリーズ を使っていたのですが、2000 年を最後にバージョンアップが止まってしまったため、それを機会にほかのものも触るようにしました。
Japanist も使っているのですが、あちらは候補をソフト側から提示するために、あまり「考えながらモノを書く」には向いていなく、どちらかというと文言が決まっている仕事向けというのが実感です。
http://software.fujitsu.com/jp/japanist/
一時期は僕も ATOK が Japanist みたいな感じの入力予測をつけてくれないかなーと思っていたのですが、上で書いた感覚を抱いたこともあって、最近は別にいいやと思うようになりました。
入力予測の機能を全面に謳ったソフトが出てからずいぶん経ちますが、それでも ATOK が今の「単語のみの控えめな予測」として予測をするだけに機能を留め、一覧候補として予測表示を取り入れないのは、ポリシーとして「入力の流れを阻害しない」みたいなものがあるんでしょうかねえ。
もしそういう考えで作られているとしたら、結構好きです。
「あるモノは使え!」という感じでアンテナを設定してみました (「でんぱ」)。
おもしろいっすね。適当に見つけて適当に追加していくつもりです。
ちょうど、 4 年前。
2000 年の 2 月12 日に Force から 2nd LOVE が発売されました。
その前にも「イザヨイ」でシナリオは書いていましたし、個人サイトの FLAGYX N()TE でもオリジナルゲームは公開していました。
ですので、それがまったくすべてが初仕事という訳ではありませんが、それでも自分の『企画・制作』したゲームが店頭に並ぶことに特別な感情を抱いたのを覚えています。
それからしばらく時間が経って。
Force を退社し、初期版の True Color, のアイデアを考え始めたのが 2000 年の 10 月ぐらいからです。当時はそれなりに制作は順調でした。
が──自分の身の回りが忙しくなったりでほとんど身動きのとれなくなったのが 2002 年
ぐらいのこと。
2003 年は周りに奔走され、ゲームに対して向き合えることになかなか時間がとれませんでした。
その中でゲーム作りに対するモチベーションがうまく持ち上げられなかったのは反省すべき事実です。
ごめんなさい。
そして、今年を迎えました。
相変わらず周りは騒がしいのですが、久しぶりに、頭の中がゲーム制作モードに切り替わっています。
なにか特別な作品に触発されたとか、思い当たるモノは特になく。
……うまくいえないのですが、「誰かに向けて語りたいもの」が、この歳月を通じて、ようやっと身体の中に溜まってきたからなのかな? とも思います。
実は、True Color, については世界観を構築するフレームの部分を残し、物語については再構築に近い状態から再スタートしています。
これは先日日記に書いた「Truelove knot」のように、初期版を考えてからもう相当の年月が流れてしまっているので、今の自分と「ずれ」を感じたというのが大きな理由です。
(ただ、このゲームの場合その「フレーム」がすごく大きな位置をしめているので、物語の印象そのものが大きく変わるということはなかったりします。
もともと中編ぐらいで書いていた小説を長編に取り入れるような感じです)
でも今こうやって物語の構造を再構築し、プレイしているところを頭の中に浮かべると、僕はある衝動を強く感じます。
それは、【僕は True Color, をとてもプレイしたい】ということです。
たぶん、このゲームをカタチにできないと、僕はこの後ずっと後悔し続けると思います。
少し、過去を振りかえります。
2nd LOVE の企画を考えたとき、僕はその物語の特殊性から他の作品とアイデアがかぶるのをとても恐れていました。
書淫、の時はさすがに重複することはないと思いましたが、今度はその「物語としての特殊性」だけが世界を構築する要素として誇れるものなのではないかと思うことになりました。
今回、True Color, の場合はそのどれとも違うことに気がつきました。
それは、これまでに制作してきたゲームからのささやかな自信ともいえるものです。
つまり、「FLAGYX N()TE で公開してきたゲームや 2nd LOVE 、書淫、 Truelove knot をつくってきたから、僕は True Color, を創れる」という確信と、「物語に対する誇り」を持つことができる──と、そう気がつきました。
今の LANGuex でないと創れないのが、このゲームなのです。
おかげさまで、2nd LOVE と書淫、は自分の想像を超えるほど好意的に受け入れてもらえることができました。
企画者として、ゲームデザイナー、シナリオライターとして、プログラマーとして(^^; これらの作品を超えられるというのはわかりません。
プレッシャー……みたいなものが全くないといえば、それは嘘になります。
でも確かに言えるのは、それを超えるぐらいの「想い」を僕はこのゲームに注ぎ込んでいるということです。
僕が誰かに誇れる唯一のものをあげるとしたら、True Color, の名前を口にするようにできるようにしたいと思います。
なんだろう、今はまだ、うまく言えないんですが、それぐらい好きになっているし、好きになれると想うんです。このお話が。
あとは、もう、届けるべきモノをつくるだけです。
True Color, の発売予定日を 2004 年の 10 月 10 日にしたいと思います。
http://www.languex.jp/truecolor/
LANGuex のトップページにあるように、僕はゲームをつくるのは「自分のため」「プレイヤーのため」だと考えています。
それでもたまに作業を続けていて不安に思うのは、それが「誰かのため」とはいっても、結局は限りない自問自答の繰り返しであるように感じられるからでしょうか。
一番はじめに読んだ加納朋子の本は「掌の中の小鳥」。北村薫の円紫さんシリーズを一通り読んだ後でした。
正直、そのときはミステリとしてよくできているな (毒の抜けた北村薫かな?) と感じたぐらいで、それほど深く心に残ることはありませんでした。
加納朋子という作家に対して印象が変わったのは「掌の中の小鳥」から一年以上経ったあと、軽くミステリでも読んでみようかなという気持ちで本書を手にした時からです。
わたしはあなたを慰めようとは思いません。わたしもあなたと同じだから。わたしも人を殺したことがあるから。だからあなたと同じように、自分のことが好きじゃありません。それはきっと、誰にもどうにもならないことです。
いちばん初めにあった海 (ISBN:4043539010)
いわば「死と再生」を主題においた本作は、これまで作者が書いていた「日常の中のちょっとした不思議」、謎を解き明かしていく物語とは違い、主人公 (たち) が再生に向かってステップを歩んでいくことを物語のベースとして描かれているように感じます。
逆に言うと、他の作品と比べると本書は「ミステリ」としてちょっと薄い部分があります。
とはいえ、それを超えても伝えようとする物語全体のテーマ性みたいなものを感じるので僕的には気になりませんでした。なによりあまりロジックで固めてほしくないお話……ですし。
少なくとも、誰かを裁けるような、そんな強さはぼくにはない。お生憎だったね。明らかに、きみのおじいさんの人選ミスだ。
いちばん初めにあった海
最近の加納朋子の本はまだあまり読んでいないので現時点ではどう変化しているのかはわかりませんが、本書の後「ななつのこ」「魔法飛行」を読んでみて、初期の頃の加納朋子は「物語の作り手と受け手」の姿を非常に意識的に描いているなという印象を受けました。
本作、作中とある人物がとある女の子に対して、「本にはしてもらえなくても、(その物語を君に) 読んでもらえれば、それでいいから
」という言葉を発するのですが、それには深い共感を覚えます……というかカッコイイというか(^^; 一度はそんなコトバを口にしてみたいものです。
検索サイトで何か調べ物をするときに、調べたい単語に「~とは」をつけると解説に行き当たりやすいという Tips を聞いたことがあります。
「~とは」が引っかかるのなら他の単語はどうかな? と、いろいろ単語をくっつけて調べてみることにしました。
とりあえずいろんな人が言及してそうな「村上春樹」と、あんまりメジャーでない単語として「EMDR」をサンプルにしてみました。
なお、連続した文字を検索するため単語は "~" でくくってあります。
……あ、その前に一つ注意を。
リンク先を見ればわかると思いますが、EMDR は PTSD を抱えた方に対する治療方法として主に臨床心理学の方からおこわれています。これは当然、非常にデリケートな問題が含まれているため、特に個人のサイトを閲覧をするときはそれ相当の心構えおよび対応を覚悟した上でご参照ください(話の引き合いで何なのですが)。
こうやって調べてみると、結構あたりはずれがある感じがします。
~○とは△ではないという否定の使われ方もあるので、求めているのと違うのもヒットしちゃってるっぽいですね。
ちょっと親しげな感じで検索を。
やや踏みいった表現をしているサイトがヒットしているように見えます。なんとなく続きが読みたくなりますね。
ちょっと否定的な意見が目立つかな?
ひらがなで検索してみると……。
否定度が下がりました。ほほうー (EMDR の方は絶対数が少ないのか、ヒットしませんでした)。
コトバの使われ方としてはバラバラなのですが、一歩踏みいった意見という感じ。
これもちょっと読みたくなりますね。
こうやって試してみると興味深いですね。いろいろ調べてみるのも楽しいかも。
ちなみに、EMDR 書淫ではヒットしませんでした(^^;
ちなみに2。先に説明したとおり、 EM は PTSD の治療方法として主に臨床心理学のほうから行われている治療方法です。心理学と聞いてちょっと眉をしかめる人もいるかもしれませんが、眼球運動に限らず左右の交互刺激によるプロセスの再構築は脳の物理的な反応として (認知脳的に) 報告もあったと思いましたので、まったくすべてを否定することはできないのでは、と僕は考えています。